* す だ か *

感情

 

 人間は他人から受けた感情しか表せないのだという。
 他人から愛されれば自分も他人を愛せる。
 他人から恨まれれば自分も他人を恨めない。
 その逆も同じだ。
 他人から愛されなければ自分も他人を愛せない。
 他人から恨まれなければ自分も他人を恨めない。
 他人から愛されたことのない自分は誰も愛することはできないのだ。と、そいつは言った。
 でもお前は信長様のことが好きじゃないか。そう言うと少し笑う。
 曰く、そいつは自分に向けられる感情には
 恐怖、恨み、憎しみ、怒り、嫌悪、殺意ぐらいしかないのだという。
 だから自分もそのぐらいしか表現できない。
 一般で言う『愛する』を『殺意』で埋めたのだ。と。
 つまりこいつは他人を好きになってもそれをどう表現したらいいのか分からない。
 分からないから『殺意』で表現しようとする。
 『愛する』を『殺意』と思い込んでしまうから、こいつは好きな人に『殺意』以外の感情をもてないのだ。

 私は、信長公を殺したい。

 少し、悲しそうに言う。

 殺してどうなるんだよ。信長様いなくなっちゃうんだぞ?
 それどころか織田軍全員いなくなっちゃうんだぞ?
 独りになっちゃうんだぞ?

 それでも、とそいつは呟いて

 私には、そうする以外何もできない。

 こっちまで悲しくなるような顔で、こっちまでむなしくなるような声で、そう、呟いた。
 とたんにこいつがかわいそうに思えた。
 泣きそうになった。
 ここで泣いてやったらこいつは他人のために泣けるようになるのだろうか。
 ここで抱きしめてやったらこいつは人を抱きしめることができるようになるのだろうか。
 立ち上がって座っていたこいつを抱きしめてやった。・・・少しだけ泣いてやった。
 そいつは驚いて落ち着く低い声で名前を呼んだ。

 かわいそうだから、お前のこと好きになってやる。
 それでお前は信長様のことを愛せるんだろう?
 殺したいなんて思わなくて済むんだろう?
 好きな人を自分の手で殺さなくて済むんだろう?

 見えなかったけどこいつが微笑んだ気がした。
 背中に手が置かれる。片手だけだ。

 ありがとう。お前はいい子ですね。

 お前を好きになってやるから。お前が最初に好きになるのはおれにしろよ?

 じゃなかったら、おれがお前を殺してやる。