三つ目の名
一つ目 1
「イヤです。」と少年は頑なに拒否をした。
「行かないでください」
少年は少しばかり年が上の少女に抱きついた。
「あんな所すぐに潰されます。貴女が死んでしまうかもしれない」
少女は数日後に尾張の方へ嫁ぎに行くのだ。しかし尾張の織田など小さく目立たない所で、隣に大きな力を持った今川がいるものだからいつ潰されてもおかしくない、と全国の武将が囁いているのだ。
そんな所に嫁ぎに行くのはあまりにもかわいそうだ。と、少女を姉のように慕っていた少年は、婚礼を取り消すように、と毎日のように少女に言っていた。
「お願いです。聡明な貴女には尾張のうつけなど相応しくない。今ならなんとか取り消すことにしたって遅くはない」
少女はずっと少年を無視していたがあまりにもしつこかったのでキッと少年を睨みつけた。
「お前はあの方を見ていないから分からないのだわ。あの瞳こそうつけなんて言葉に相応しくない。あの瞳は天下をとる瞳よ。
わたしはあの御方の横であの御方のとる天下を見てみたいのよ」
少年は怯えた表情で少女を見ていた。
「貴女が行かれてしまったら、私はどうすればよいのですか」
少年はその異様に白い髪や肌のせいで嫌われていた。
そんな少年と一緒にいてくれたのはこの少女ぐらいなのだ。
実際のところ「貴女にうつけは相応しくない」とか「すぐに潰されてしまう」などという理由は建前で、少年は一人になってしまうことだけを恐ろしいと感じていた。
「お願いです。・・・行かないで」
ただの嘆きにしか聞こえない言葉はとても痛々しい。しかし少女は少年をしっかりした武人に育ってほしいと思っていたので少年の嘆きは彼女を苛立たせるだけだった。
「お前はいずれ武人になる男でしょう!? 一人で生きていく覚悟が無いなら先に死ぬのは私ではなくお前よ!」
少年は悲しそうに眉を寄せ、悔しそうに下唇を噛んだ。そして少女からすっと離れて走り去った。
それから少年は少女に近づかなかった。
少女は寂しく思うと同時に自分が尾張に行く前に彼が自分に依存しなくなって良かった、と安心した。
少女が尾張へ行く日、少女を知る者がみんな集まって見送りに来た。もちろん、少年もこの時ばかりはいた。
「お願いです。私の一生に一度のお願いです。行かないでください」
少年は少女の手を強く握った。
少女はこの期に及んで何を言うのか、と呆れる。
「もう取り消すことなんてできないの。お前の気持ちはうれしいけど今から取り消すなんて言えば戦になるかもしれないわ」
少年は俯き、首を横に振った。そして「では、」と呟き、少女の美しい名を呼んだ。
「うつけに嫁いでも、後悔しないと約束してください」
一生に一度のお願いです。
少女は微笑み、「えぇ、約束するわ」と言った。
「じゃあ私からも。強くなる、と約束して?」
少年は返答に渋っていた。彼は他の男子よりもいくらか細く、剣術も苦手だった。
その様子を見て少女はくすりと笑い、
「一生に一度しかしないお願いよ」
と悪戯っぽく言った。
少年は苦笑いをして「はい」とだけ答えた。
「またね、桃丸」
「さようなら、帰蝶」
少女はそっと少年の手を離し、尾張へ向かって旅立った。
「行かないでください」
少年は少しばかり年が上の少女に抱きついた。
「あんな所すぐに潰されます。貴女が死んでしまうかもしれない」
少女は数日後に尾張の方へ嫁ぎに行くのだ。しかし尾張の織田など小さく目立たない所で、隣に大きな力を持った今川がいるものだからいつ潰されてもおかしくない、と全国の武将が囁いているのだ。
そんな所に嫁ぎに行くのはあまりにもかわいそうだ。と、少女を姉のように慕っていた少年は、婚礼を取り消すように、と毎日のように少女に言っていた。
「お願いです。聡明な貴女には尾張のうつけなど相応しくない。今ならなんとか取り消すことにしたって遅くはない」
少女はずっと少年を無視していたがあまりにもしつこかったのでキッと少年を睨みつけた。
「お前はあの方を見ていないから分からないのだわ。あの瞳こそうつけなんて言葉に相応しくない。あの瞳は天下をとる瞳よ。
わたしはあの御方の横であの御方のとる天下を見てみたいのよ」
少年は怯えた表情で少女を見ていた。
「貴女が行かれてしまったら、私はどうすればよいのですか」
少年はその異様に白い髪や肌のせいで嫌われていた。
そんな少年と一緒にいてくれたのはこの少女ぐらいなのだ。
実際のところ「貴女にうつけは相応しくない」とか「すぐに潰されてしまう」などという理由は建前で、少年は一人になってしまうことだけを恐ろしいと感じていた。
「お願いです。・・・行かないで」
ただの嘆きにしか聞こえない言葉はとても痛々しい。しかし少女は少年をしっかりした武人に育ってほしいと思っていたので少年の嘆きは彼女を苛立たせるだけだった。
「お前はいずれ武人になる男でしょう!? 一人で生きていく覚悟が無いなら先に死ぬのは私ではなくお前よ!」
少年は悲しそうに眉を寄せ、悔しそうに下唇を噛んだ。そして少女からすっと離れて走り去った。
それから少年は少女に近づかなかった。
少女は寂しく思うと同時に自分が尾張に行く前に彼が自分に依存しなくなって良かった、と安心した。
少女が尾張へ行く日、少女を知る者がみんな集まって見送りに来た。もちろん、少年もこの時ばかりはいた。
「お願いです。私の一生に一度のお願いです。行かないでください」
少年は少女の手を強く握った。
少女はこの期に及んで何を言うのか、と呆れる。
「もう取り消すことなんてできないの。お前の気持ちはうれしいけど今から取り消すなんて言えば戦になるかもしれないわ」
少年は俯き、首を横に振った。そして「では、」と呟き、少女の美しい名を呼んだ。
「うつけに嫁いでも、後悔しないと約束してください」
一生に一度のお願いです。
少女は微笑み、「えぇ、約束するわ」と言った。
「じゃあ私からも。強くなる、と約束して?」
少年は返答に渋っていた。彼は他の男子よりもいくらか細く、剣術も苦手だった。
その様子を見て少女はくすりと笑い、
「一生に一度しかしないお願いよ」
と悪戯っぽく言った。
少年は苦笑いをして「はい」とだけ答えた。
「またね、桃丸」
「さようなら、帰蝶」
少女はそっと少年の手を離し、尾張へ向かって旅立った。